March 07, 2021

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 前回、ベンジーを挙げたこともあるので、「ベイブ」を紹介したい。


 ベンジーの大ヒットから、やがて動物を映画の主な登場人物に起用するということが行われるようになり、多くの作品に彩りが加えられた。


 ある場合は人間を助け、ある物語では動物が偶然の奇跡を起こす。

 人間とは違う生き物が、我々人間と同じ世界の住人であるのだと、動物たちがスクリーンの中でその存在を主張し始めたのだった。 

 
 こうしてこの頃から動物へのシンパシーや動物への扱いなどが取り沙汰され、「動物愛護」などの大きな運動となっていった。




 本作品はベンジーから長いブランクを経て作られた再び動物が主役となったヒット作品だった。

 主人公は豚だ。

 
 もちろん、豚というのはいくら子豚でもすぐに大きくなり、手に余るほど巨大になってしまう。

 だからこうしたファンタジーが成立するのは映画という世界でのことだ。


 本作品では人間は完全に脇役、動物を取り巻く環境のひとつとして豚からの目線で描かれている。

 ベンジーは犬だからやはりどこか人間のパートナー、そして撮影するカメラの目線はやや上からだったように思う。




 本作品ではCGが本格的に使われ、観客を驚かせた。

 豚やネズミ、羊や犬という牧場の動物たちがクチを動かし、「喋る」という場面を具体的に見せたのだった。


 本作はこのCGの画期的な発想からアカデミー賞のひとつを受賞している。


 「動物が喋る」という映画表現は、これまで、あくまで名目的なものに過ぎなかった。

 それは「頭の中で考えていることを人間が吹きかえる」ものだったり、「ナレーション」によって「感情を代弁する」というぐらいだった。

 つまりあくまで動物の代わりに人間の言葉がその気持ちを語ったものだ。


 それが本作品では、動物が言葉を話し、直接観客に語りかけた。 

 観客はベイブが話す内容をベイブの言葉として自然に受け止めることができた。


 こういう手法は斬新だった。 その意味では金字塔となる作品だったと思う。





  愛らしいベイブとその楽しいストーリーに多くの人々が魅了され、勘違いや思い込みから実際に豚をペットにするようなこともブームになった。

 もちろん成長すれば豚は巨大になってしまいペットとするには手に余った。


 「ミニブタ」という改良種もペットして飼われるようになり、愛好家たちが集った。

 映画によってブームが図らずも起きてしまうことがあるが、これはなかなか想定が出来ない。

 一気に広がってしまうと社会は対応できない。


 ミニブタも飼い難いということもあり、ブームが去った後は多くの悲劇を残した。 





 なお、豚は決して不潔な動物ではない。

 清潔好きで、実際はきれいで神経質な動物である。


 人間の臓器移植に豚の臓器を使う研究もされ、豚は人間との相性がよいことも知られている。


 豚はイノシシの科のひずめを持つ偶蹄目で、寿命は10から15年である。

 

 


 


March 05, 2021

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 昭和の頃、動物モノ映画というのが大きなブームになったことがあった。

 火付け役となったのは本作だと思う。

 もしかすると、本作品の登場までは「動物が主役」という映画はなかったかも知れない。


 その最初のハシリがこの映画だった記憶がある。

 
 その後、動物に演技を仕込む会社や俳優を抱える事業がハリウッド周辺に出来た。

 動物が映画に使われる機会も多くなった。




 テレビドラマでは、「わんぱくフリッパー」という、イルカを主人公にしたドラマがあった。

 これは相手が特に知能の高い動物とされている「イルカ」だから、別格だろう。


 こうした動物が主役のドラマの製作は途方もないものとされた。

 もちろん昔のことだからCGもない。

 「動物に演技をさせる」というのは難しく、数多くの無駄なカットを消費した。

 
 それは大変な作業だったはずだ。

 撮影がどれだけ大変だったかが映画の宣伝文句にも使われた。



 とりわけ本作について言えば、賢い役者犬を得たからこそ、この映画の大ヒットと成功があると言われている。




 作品としては可愛い犬が賢く立ち回るドタバタという、なんてことのない映画。


 何でもない話でもテーマ音楽も良く大ヒットした。

 この映画は多くの人々に強烈な印象を残したはずだ。


 その後、ずっと後になって「K-1」とか「ベイブ」「100(百一匹ワンちゃん)」などが製作されるが、この頃の苦労と較べるべくもないだろう。



 動物は話すことはないから、表情に見えるカットを集めたり、その動きで感情を表現してゆかねばならない。


 本作の主人公は雑種だったはずで、色々とアメリカのサイトを調べても特定の犬種は出てこない。

 テリアの血が入っているのは分かる。





 こういう映画のことを「ファミリーモノ」なんて言ったりするが意図するものは曖昧だ。

 何もファミリーで見なくともいいだろうとは思う。 


 要するに「家族連れで映画館に観に行って、みんなして楽しめる」、そんな和やかな映画だという意味だろうが、それなら別に他のジャンル、コメディや古典劇でもいいはずだ。


 なんだか「ファミリーモノ」という映画の分類には、「家族」というものの薄っぺらな捉え方がうかがえ、作品も子供騙しでつまらないのではないかと思えてしまう。



 あくまで余談にはなるが、「小森和子」という映画評論家がこの映画をいたく気に入り、似たような犬を愛犬としていたことがある。


 昭和から平成にかけ、「小森のおばちゃま」として一世を風靡した女性だ。

 小森氏は小規模だがプロジェクターで映画を見せるBarを経営していて、店に立つこともよくあった。

 気さくな人であった。


 常にベンジーによく似たタイプのテリア系の犬を連れていた。

 「この子はエイヒレが好きなのよ」などと言い、客のツマミを食わせるほどの溺愛ぶりだった。

 本作品の名前を出すことも何度かあったと記憶している。